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【自動車メーカーの歴史】トヨタ自動車の歴史、ルーツと車種の特徴を知ろう!

欧米の物まねから本当のメイドインジャパンへ

研究所の設立

海外の車をコピーすることで日本製の車を製造することに成功しましたが、喜一郎氏はそうではなく、これからは研究開発に力を入れるべきで、独自に技術開発をすることで工業の発達を促進すると考えていたそうです。

それを裏付けるような喜一郎氏の発言がいくつかあります。

今迄の様に欧米に頼って人の苦心研究したことを最も楽をして自分のものにしようと云ふ気分は、段々なくしてゆきたいと思ひます。勿論人のやったものをそのまヽ輸入する必要もありますが、何と云っても苦心してそこまでもって行った者には尚それをよりよく進歩させる力がありますが、人のものを受けついだものには、楽をしてそれだけの知識を得るだけに、更に進んで進歩させると云ふ力や迫力には欠けるものであります。日本の真の工業の独立をはからんとすれば、この迫力を養はなくてはなりません。

出典:

喜一郎によれば、技術は実際技術と学術的研究が密接にかかわりあって進歩していくものであった。現場の側からは、「試作品をつくるときは、まず現場のものを呼んでつくらせ、その調子がよいと、それから学校出に理論づけをさせられた」と証言している。

出典:

トヨタ自動車工業株式会社の設立

本格的に自動車事業製作所はに乗り出すことにした豊田自動織機は「トヨタ自動車工業」を設立し、効率的な車の生産のために、量産工場を設置できる土地を挙母町に探し出し、工場を設置しました。

挙母町にした理由は
1、広大な原野で低価格
2、鉄道を利用した生産用設備や資材の輸送が可能であり、地盤も固く、工業用水の確保も十分にできた
3、電源の確保が容易であった
4、飛行場が近くにあった

特に4番目の理由が重視された選定結果となり、その後トヨタ自工が航空事業に進出した際にとても役に立ったそうです。


1.論地が原と呼ばれる広大で不毛の原野があり、低廉な価格で60万坪に及ぶ用地が取得可能であった。
一帯の原野は、論地が原の北側にある農業用水路よりも標高が高く、水利不能であった。
2.三河鉄道(現・名古屋鉄道三河線)を利用して、生産用設備、資材の輸送が可能であった。さらに、工場建設に適した強固な地盤があり、良質・豊富な地下水(矢作川の伏流水)が利用できた。
3.矢作川水系の水力発電による電源が豊富で、割安な電力を矢作水力から受電可能であった。
4.土橋に建設された衣が原飛行場は、飛行機事業に好都合であった。

出典:

トヨタ自工では航空機研究室を設置し、片岡文三郎3ほか1名を1939年5月6日付で採用して、ヘリコプターの研究を開始している。また、衣が原飛行場を利用して試作プロペラの試験などを行った研究実績から判断すると、用地の選定に際して、飛行場の存在はかなり大きな要素になったといえる。

出典:

トヨタ自動車工業株式会社が設立され、設立登記も完了し、会社としての歴史が始まりました。
豊田自動織機製作所の意思である、生産技術の習熟への努力と生産能力を改善していく方法はそのまま引き継ぎ、「研究と創造」を続けていく企業概要になっています。

事業目的
①自動車の製造販売
②製鋼製鉄其他精錬の業務
③航空機並に紡織機及一般機械の製造販売
④前各項に関する発明研究並に其利用

事業目的
①自動車の製造販売
②製鋼製鉄其他精錬の業務
③航空機並に紡織機及一般機械の製造販売
④前各項に関する発明研究並に其利用
資本金
1,200万円(900万円払込済み)
本社所在地
愛知県西加茂郡挙母町大字下市場字前山8番地
経営陣
社長:豊田利三郎、副社長:豊田喜一郎

出典:

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